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人並由真さん
平均点: 6.13点 書評数: 1119件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.1119 6点 犯罪ハネムーン―新婚刑事事件簿- 生島治郎 2021/03/08 05:48
(ネタバレなし)
 フリーライターの牧村容子は、大学の先輩で7歳年上の警視庁捜査四課の刑事・青山純平とめでたく結婚。純平の希望を受けて専業主婦となった容子は、夫が仕事中のアパートでヒマを持て余す。だがそんな彼女の周囲に、それぞれの事情から困った人や夫の仕事がらみの犯罪者? などが出現。牧村夫妻の対応はいかに。

 連作集『犯罪ラブコール』の続編で、今回は8本の短編を収録した一冊。シリーズものとは知らなかった(さらにもう一冊ある)ので、ブックオフの棚で現物を見つけて軽く驚いた。

 ちなみに本作の巻頭に収録の「女房暴走族」が新婚編の第一話だが、純平が、独身時代はフリーライターとしてバリバリやっていた容子に言ったセリフが「夫が働いて帰ってきて、女房が家で仕事して原稿なんか書いていたらたまらんからやめろ」(大意)であり、これって生島がかつて小泉喜美子と結婚する際に当人に告げた現実の物言いとほぼいっしょ(生島夫妻の場合はより正確には、夫婦で机並べて書き物なんかしてる図を考えるとたまらないからやめろ、とかだっけ)。
 本作の元版は85年3月の初版で、さらにこのシリーズが雑誌連載とかしていたら、85年11月に亡くなった小泉喜美子は晩年に本作にも触れた可能性も強いよね。あまり下世話なことを言ってはいけないのだけれど、なんらかの感じるものはあったのではと当時を偲んでしまった。

 読み物キャラクターミステリとしては、前巻同様にいい感じの佳作~秀作ぞろいで、サクサク楽しめた。全8本のなかでベスト上位は、小味ながらトリッキィな「囮になった女房」、ゲストヒロインが印象的な「姦通刑事」、犯人像がちょっと怖い「新郎逮捕」あたり。

 今回も集英社文庫巻末の、清水谷宏のいかにもミステリファンっぽい解説は楽しい。ところで警察小説ジャンルの刑事の夫婦ものの話題で、メグレ夫妻は挙げなくていいんですか? 

No.1118 6点 ならず者の鷲- ジェイムズ・マクルーア 2021/03/08 05:10
(ネタバレなし)
 南アフリカの小国レソト。そこに表向きは海外特派員として駐在する英国情報部の青年フィンバー・ブキャナンは、CIA派遣の美人スパイ、ナンシー・キットスンと時に情報交換をしながら、おおむね平穏な日々を送っていた。だがそんななか、山地マパペングに不穏な動きが認められ、その中心人物のひとりはかつてヒットラー政権のナチスの党員だったダーク・スタインだった。上司アンドルー・マンロー少佐から情報と指示を受けたブキャナンは、知己もいるマパペングに向かい、状況を探るが。

 1976年の英国作品。同年度のCWA、シルバー・ダガー賞受賞作品。
 
 ハードカバーの本文二段組、紙幅250ページはそんなに厚くはないが、ブキャナンが現地に赴き、主要キャラと顔を合わせながら調査を始めるあたり=中盤くらいまでは、叙述の丁寧さが災いしてかなりかったるい。
 読み終わって後から思うと、決して冗長な展開というわけではなく、きっちりとデティルを積み重ねている作法だから、文句を言うには当たらないんだけれど。

 後半になって主人公とヒロインが窮地に陥り、さらに派手目な殺傷沙汰が生じるとようやく話に弾みがついてくる感じではある。
 ネオナチテロリスト側の、物語のクライマックスに関わる謀略の実態も明らかになり、この辺になるとそこそこ面白くはあるが、とにもかくにも実にマイナーかつローカルな第三世界の小国での事件。
 国の規模の大小で、そこでの無法テロの是非を問題にするのはもちろんおかしな話だが、それでもどうしたって地味さと渋さ、そして独特のエキゾチシズムがついて回る。たぶん当時のCWAの選考メンバーには、このマイナートーンの晦渋ぶりが受けたのであろう。
 終盤、(中略)が(中略)する作劇はちょっと意表を突かれたが、<この手のもの>の一本としては、こちらの心に大きく響くものは特に得られず終わった。それでもちょっといいな、と思ったシーンや作劇のツイストなどはひとつふたつはあったので、評点はこのくらいで。
 
 思えばマクルーアを読むのも、何十年ぶりであったな~。

No.1117 6点 湖底の囚人- 島田一男 2021/03/06 14:00
(ネタバレなし)
 中央ホテルの密室で、70歳の資産家・薮田十兵衛が何者かに殺された。容疑は薮田の女中・福間はる子にかかるが、逮捕された彼女は、「私」こと「東京日報」の社会部記者・瀬浦太郎をふくむ衆人監視の白昼、姿なき殺人者? の手で殺害される。薮田やはる子は、12年前に大型ダム建設のために水没した鮫ヶ井村の関係者だった。そして瀬浦のもとには、旧友の画家でやはり同じ村の関係者の河野守夫から、さらなる連続殺人を予見した手紙が届く。瀬浦は社会部部長・北崎の認可のもと、公務の取材として今はダムとなった湖・鮫ヶ池=かつての鮫ヶ井村の地元に赴くが。

 1950~51年の「宝石」に連載されて1951年に書籍化された、スリラー風の謎解きフーダニット長編。
 島田一男の作品群のなかでは、北崎部長をメイン探偵役とする「社会部記者(事件記者)」シリーズの初期長編ということになるのか。

 同時期の「宝石」には、廃刊になった「新青年」から引き取った『八つ墓村』の後編などが連載されている時期であり、奇しくも本作も都会で連続殺人の幕が開き、そのまま物語の主舞台の地方へと移行するというプロットは類例している。

 現地、鮫ヶ井村の周辺では、ダム建設による故郷の水没をめぐって当然のごとく大騒ぎがあり、多額の利権も動いた。売却された土地の利益は村の有力者たち5つの旧家が独占して分割、現状はまだ手つかずで管理されている形になり、ただ村を追われるだけだった旧・村民の大半は旧家の面々に強い嫉妬と憎しみの念を抱いている。連続殺人の惨劇の設定としてはこれ以上ないお膳立てだ。
 
 ただし実に魅力的な謎の提示=不可能犯罪めいた序盤の興味に対してはあまり満足のいく解決が用意されているとはいえず、どちらの真相もほぼチョンボ。特に薮田老人の密室殺人に関してはヒドイ。連続殺人の犯人だけは、まあ意外とはいえる……かも。

 なお評者は本作については「宝石」のバックナンバーの断片を古書店でバラバラに買い集めた少年時代から、ちょっと印象的なタイトルだと思って気になっていた(脱獄囚が水中に沈められる話か? とか)。
 しかし長ずるにつれて意識のなかからこの作品のことは薄れていたが、たまたま先日、出かけた古書市で、1982年の東京文芸社版を200円で入手。購入後、一週間もかけず、読んでしまった。
 謎解きフーダニットとしての評価は先の通りだが、B級の昭和スリラー推理小説としては、とにもかくにもケレン味だけはいっぱいでそれなりに楽しめる。ぎりぎりまで真相の謎解きを引っ張る演出もハイテンションで、あとはこれで解決さえ良ければな、という感じ(笑)。

 あと正直言って、読み終えてもこの題名はよくわからないね。囚人なんて出ないじゃん。冒頭で逮捕されて殺されるはる子は、まだ単に拘留中の身柄だし?

No.1116 6点 悪人専用- 生島治郎 2021/03/05 05:29
(ネタバレなし)
 東京オリンピックの熱気が冷えつつある1960年代半ば。警視庁づとめの第一線社会部記者・橋田雄三は、遊び気分で抱いた女・奥村真紀子を捨てるが、本気のつもりだった相手は失意のあまり自殺した。奇しくも真紀子の父親は橋田の新聞社の重役で、橋田は懲罰人事で横浜支局の閑職に飛ばされる。天職とする事件屋として羽根をもがれた橋田だが、地元で起きた労務者の殺人事件に関心を抱き、そこに巨額の麻薬取引の事実を気取る。橋田はこの件に関わりあった者や使えそうな知人を集めて、薬物の横取りを企むが。

「スポーツニッポン」に連載されたのち元版の書籍が1966年に講談社から刊行。
 自分は今回、集英社文庫版で読了。昔から気になっていた生島の初期作品のひとつだが、ようやく読んだ。
 
 内容は完全な、和製昭和クライムノワール。
 集英社文庫版の巻末解説を担当している北上次郎が元版の作者のことばから引用するに、生島は<外国にはクライムストーリーの秀作が輩出されているが、国内にはないのでこういうものに挑戦してみた>という主旨のスポークスをしていたらしいが、いや、ちょっと違うでしょ? スポーツニッポンの編集部はたぶんズバリ「生島先生、大藪先生みたいなものを」というオーダーだったんでしょ? というような内容である(笑)。
 犯罪小説としてのひねりぐあい・まとめ具合は、大外しもしてないが、ことさら特筆するような褒めたたえるところもあまりない、という感じだ。 

 しかし基本的に悪人しか登場しないノワールで、主要人物の配置そのものも悪くはないものの、正直、なんでここでこの人物がこうなるの? というところどころの箇所が気に障る、そんな作品でもある。
 特に中盤から登場するメインキャラのひとりで元ボクサーの花井卓二が、メインヒロインのはすっぱ娘・中川伊都子にいきなり惚れるくだりとか、さらにその伊都子の終盤の挙動とか、これってどう読んでも作中人物に共感できないだろ、という思いが強い。

 一方で前半、その伊都子が半ば暴力的に橋田に体を求められ、それに自分から応じることで暗いヒロイン像を示すあたりとか、後半に登場する「海蛇」こと競馬狂のアクアダイバー・黒木利介のキャラの立った描写とか、いつもの生島作品とひと味違う感触はなかなか魅力的であったが。

 なお先の北上の解説によると、この集英社文庫版(1979年)刊行当時の作者は本作を振り返って<出来はよくないが愛着がある作品>とかなんとか述懐してるそうで、あーあー、そうだろうね、と、すごく納得がいく(笑)。
 
 作者が作品に込めようとした狙いどころをのぞき込んでいくと、ひとつひとつはさらにひろがっていく可能性もあったんだけれど、全体としては消化不良に終わった感がある。

 ただしいつもの醤油味チャンドラーとは一風異なる食感はなかなか新鮮で、そういう意味では読んでよかったと思える。
 なんか、あとから、じわじわ感じるものが浮かんできそうな気配がないでもない……かな?

No.1115 7点 バルタザールの風変わりな毎日- モーリス・ルブラン 2021/03/04 05:38
(ネタバレなし)
 孤児として辛酸を嘗めつつ独学しながら成長し、いまは自称「哲学教授」としてパリの一角に二流の私塾を開く青年バルタザール。彼は貧民街のあばら屋に、彼のことを敬愛する助手で、やはり孤児である少女コロカントとともに暮らしていた。だがバルタザールの教え子のひとりで、金持ち商人の令嬢ヨランドがそんな彼に求婚した。しかしヨランドの父シャルル・ロンドオは、出自も未詳の男に娘はやれない、係累を証明し、さらに財産を用意してから出直すようにと突き放す。そのとき、本名を告げず「父」を名乗る者からバルタザールに、自分の死後に財産を譲渡するとの文書が届いた。自分の父は誰で、どこにいるのか? 思い悩むバルタザールのために助手のコロカントは、夢遊病かつ千里眼の預言者の女を紹介。そしてその預言者がバルタザールに告げた内容とは?

 1925年のフランス作品。
 ルブランのノンシリーズ長編で、日本では例の保篠訳によって『刺青人生』の題名で以前に紹介され、そこではルパンものに改変されてしまっているらしい(その『刺青人生』は持っているが未読。最近、論創で復刻されたみたいだ)。
 なにが「刺青」かというと、バルタザールの胸に肉親・係累との手がかりになるらしい? 三文字の刺青があるからで。さらに前述の女預言者が、とある、いわくありげな託宣を授けると、やがてその情報に符号する、父親の可能性のある人物が何人も出てくる。
 こんな状況のなかで右往左往するバルタザールの姿が半ばスラプスティックコメディ風に描かれる。
 しかしこの「複数の親」という文芸設定は、同じルブランの別の某連作短編集の一編を想起させるところもあるよね(事態の決着のつけかたは、まったく別ものですが)。

 そもそも幼いころから地道に苦労ばかり重ねてきたバルタザールの人間観は「人生には冒険など存在しない」という冷めたものだが、そんなニヒルな理念が、彼が出くわす大なり小なりの騒ぎや事件のなかで揺さぶられていくのが、この作品の主題。
 創元文庫巻末の訳者解説で三輪秀彦はルパンシリーズと比較しながら彼流の私見を語っているが、ほかにも受け取り方の幅はあるような物語である。
 
 一種のフーダニットといえる「本当の父親探し」の着地点はなかなか唸らされたが、しかし正直なところ、こちら読み手の最大の関心は<バルタザールと(中略)の(中略)>の方にばかり向いていたので……(笑)。
 終盤に登場する本名もわからない某サブキャラが、実においしいもうけ役をつとめていた。

 ちなみに書誌を確認すると、本作はノンシリーズものではあの『ドロテ』の次に書かれた長編だったみたいで、ああやっぱりこの時期のルブランはお話作りに独特の勢いがあったよね、と再確認させられた(まあ『ドロテ』は厳密にはノンシリーズものともいえないかもしれないけれど~あれはむしろルパンシリーズ番外編という扱いにしたいし)。

 いずれにせよ、一読して、気持ちがちょっとほっこりする一冊だった。

No.1114 7点 スピアフィッシュの機密- ブライアン・キャリスン 2021/03/03 05:44
(ネタバレなし)
 47歳の傭兵マイケル・クロフツは、戦場で重傷の戦友ヘルマン・ボッシュを安楽死させたトラウマゆえに、稼業から足を洗う。クロフツはロンドンで二十歳前後の美少女パメラ・トレヴェリアンとも恋仲になり、完全に以前の自分から生まれ変わったと思った直後、むかしなじみの海軍佐官のエドワード・シンプソンに再会。そのシンプソンから、無二の戦友エリック・ハーレイとその妻ローラが、地方での農場経営を始めたと聞いた。現状のエリックの境遇に不審を覚えたマイケルは、単身、エリックの農場に赴くが。

 1983年の英国作品。
 キャリスン作品を読むのは、大昔に手にとった『海の豹を撃沈せよ』以来だと思う。
 
 総ページ300ページ前後で、前半のマイケルとパメラのラブコメチックなやりとりなどすごくヤワい(ここではくわしく書けないけれど、小娘にいっぱい食わされるくだりは、これで百戦錬磨のベテラン傭兵かと、いささか呆れた)。
 だからこれは大してカロリーを使わずに読めそうだと甘く見ていたら、中盤から加速度的に読み応えが増大。どんどん面白くなっていく。

 冒険小説、巻き込まれ型スリラー、エスピオナージュ、それら3つの似て非なるジャンルの要素が実に良い感じでミックス。おそらくは作者の得意フィールドであろう海洋活劇への繋げ方も、スムーズかつ好調。紙幅に対しての充実感でいえば、職人作家としてこなれはじめた(脂の乗り始めた)ころのマクリーンの諸作を思わせる感じ。
 おかげで後半のどんでん返しの連続はお腹にもたれる一歩手前だが、まあギリギリついていけないことはない。
(後半はあと50ページ多くてもよかったのでは、とは、今でも思うが。)

『海の豹』は、なんとも余韻のあるあのクロージングが今でも印象に残っているけれど、こちらはまた違う種類の興趣であった。またそのうち、別の作品も読んでみよう。

No.1113 6点 崩壊 地底密室の殺人- 辻真先 2021/03/02 04:32
(ネタバレなし)
 日本屈指の大コンツェルン、三ツ江グループが5年の歳月をかけて建造したジオトピア。それは東京駅八重洲口の地下街の8倍の面積の空間に設置された、地上12階地下30階の巨大構造物だ。「私」こと三ツ江建設設計部の設計技師、五十嵐励(はげむ)は、このジオトピア建造の主力スタッフの一人。五つ子兄弟の長兄である励は、施設の正式オープン前に、弟の勉と武、そして彼らのそれぞれの妻を伴ってジオトピアを訪問するが、突如起きた大地震によって、暗黒の地底に閉じ込められてしまう。そしてそんな彼の周囲には、誰だかわからない女性の刺殺死体があった。

 大地震で閉ざされた地下の広大な暗黒空間を舞台にした、パニックサスペンスものと謎解きフーダニットの興味を掛け合わせた書き下ろし長編ミステリ。
 
 もちろん1995年の阪神・淡路大震災に触発されて執筆したと思われる一作で、各種ライフラインの途絶やトイレの下水不順に困った地上の人々の描写などは、95年当時の現実のニュース報道そのままに思えた。

 ハズすというか手をぬくときの辻センセイは臆面もないので、これもミステリの部分は短編ネタで、あとはパニック描写や男女の不倫回想エピソードなどで水増しか? と思いきや、決してそれだけではなかった(逆に言うと、そういった部分もそれなりの比重を占める)。ただし前半からの眼目となる<暗闇の中で、この死体が誰か判別できない>というなかなか魅力的な謎の提示は、あまり面白く実らなかった印象。

 主人公格の回想描写を活用して謎解きの興味をリアルタイムのものに限定せず、ミステリとしての関心が広がっていくのはうまいが、一方で別個の事件を送り手の都合でつなぎ合わせたような構成にもなってしまった。あまり詳しくは言えないが、この辺は長編ミステリとしては良し悪しであろう。

 最後には大技がほぼ同時に複数用意されているが、評者はそれぞれ前振りから、ひとつは何となく、もうひとつはかなりはっきりと先読みできてしまった。よくいうならば、きちんと前もって布石を忍ばせておいてある丁寧な作りさともいえる。

 仕掛けの手数がそれなりに多いのはいいが、評者の場合、前述のようにある程度、見破ったこともあり、全体としてのダイナミズムに繋がらなかったのは惜しい。

 クロージング~エピローグの余韻のあるビジュアルは、さすが映像作家として何十年も食ってきただけのことはあるという感じ。

 とにもかくにも力作だと認めるにしかず。

No.1112 6点 紫色の死地- ジョン・D・マクドナルド 2021/03/01 06:07
(ネタバレなし)
「わたし」こと、フロリダのもめごと処理屋トラヴィス・マッギーは、初対面の32歳の人妻モーナ・ヨーマンから相談を受ける。モーナの亡き父カバット・フォックスは地方のエズメレルダ市の名士で、彼女に莫大な遺産を遺したはずだが、それを亡き父の親友で同時に財産管理人、そして今はモーナの夫である58歳の実業家ジャスパー(ジャス)がひそかに不当に使い込んでしまった、という。別の恋人ができたモーナは自由になる金が欲しいので、夫が管理する自分の財産を取り戻してほしいとマッギーに願う。お門違いの相談だと言いかけたマッギーだが、その瞬間、何者かが遠方からモーナを狙撃して、その命を奪った!

 1964年のアメリカ作品。
 トラヴィス・マッギーシリーズの、本国での刊行順で第三弾(翻訳は順不同)。

 本シリーズはだいぶ前に読んだ分もふまえてこれで3冊目だが、良い意味でのシンプルなプロット&描写の焦点が明確な登場人物、などの点で、こないだ読んだ第1作目『濃紺のさよなら』などよりも、ずっと楽しめた。
 
 特にストーリーの前半から、かなりの叙述を費やしてキャラクターが掘り下げられていく本作のメインゲストキャラ、ジャスの黒とも白ともつかぬ人物像がとてもいい。従来のこの手の作品なら憎まれ役が似合いそうなポジションだが、独特な器量の大きさとにじみ出る苦労人ぶりにマッギーが奇妙な友情を感じてしまう心情もよくわかる。本作はこのジャスと、メインゲストヒロインの女子大生イザベル・ウェッブ、そんな2人とマッギーとの関係性が小説的な魅力のかなりの部分をしめていると言っていい。
(マーロウと作品ごとのメインゲストキャラとの関わり合い、ああいった感覚に通じる味わいだ。)

 一方でミステリとしてはなかなか事件の全貌が見えてこないので、これは最後にかなり驚かされるのでは? と期待を込めたが、まさに真犯人はけっこうな意外さ! ではあった。

 ただし前もっての伏線などは希薄で、最後の方でようやく情報をまとめて出してきたりするので、謎解きものとしてはあまり高い評価はしにくい。ガチガチのパズラーじゃなくてもいいから、このネタ(真相)なら、もうちょっとうまい味付けと効果的な演出もできた気もする。
 
 それでもフツー以上にしっかり面白かった。秀作にはちょっと足りないが、トータルでのエンタテインメントミステリとしては十分に佳作にはなっている。

No.1111 7点 竜と剣- 檜山良昭 2021/02/28 05:39
(ネタバレなし)
 昭和7年に満州国が建国。それから3年後の昭和10年。大財閥、永坂家の令嬢の雪子は強引なお見合い話が嫌で、馬賊になろうと満州に逃げ出す。まもなく雪子は大陸に向かう豪華客船の船上で、新聞記者と称する青年・伊藤秀彦と知り合うが、彼の正体は公安に追われて逃亡中の反政府主義者・安達浩太だった。そんな安達と雪子は、洋上で奇しくも殺人事件に遭遇。安達が絶命間際の被害者からあるものを託されたことから、二人は満州国の進路に関わる巨大な謀略に巻き込まれていく。

 1978年に『スターリン暗殺計画』でミステリ作家としてデビューした作者による、十八番の歴史冒険ミステリ路線の一作で、書き下ろし長編。
 日本国内に不況の風がふきまくっていた薄暗い時代の設定だが、主人公コンビの男女に意識的にラブコメ少女漫画的な文芸を採用したため、作風はかなり明るい。
 
 アナーキストを自覚する男性主人公の安達が、それでもまだ無辜の市民を殺してはいないという設定からして、ああ、これは彼をキレイな身柄のままヒロインと(中略)と大方の見当がつくし、一方で女子主人公の雪子の「時の人である女傑・川島芳子のもとに押しかけ、馬賊の弟子入りしたい」という願望もどこかアホっぽくて陽性。さらに彼ら二人に関わりあってくる主要サブキャラたち、その一部の微温的な描写もまったりとしている。
 80年代の日本の男性作家がクリスティーの『茶色い服の男』みたいなのを書こうとして、こんなのになったんじゃないの、という感じ?

 ここでは詳しく書かないが、作中に用意された政治的な謀略はかなり大がかりなもの。
 その一方で、主人公たちの細部のクライシスからの脱出劇がところどころ甘かったり、かと思うと終盤ではなかなかしつこく二転三転の展開を見せたりと、長所と短所が相半ば。でもトータルとしては、なかなか悪くない。
(ただラストのまとめかたなどは、書き下ろし作品のはずなのに、なんか連載もののクロージングのような印象でもあった。)

 そんなにピリリとしたものはないだろうな、と予見させてしまう作りというのは、この手の冒険スリラー系のジャンルではちょっと問題かもしれないとも思うけれど、まあ数多い国産歴史もの冒険小説のなかに、こういう作品があるのもいいよね、とも考える。
 自分が20~30代の若い頃、そばに国産冒険小説ジャンルに興味を持ち出したガールフレンドでもいたとしたら(なんじゃそりゃ)、たぶんおススメしやすい一冊ではある。

 評点は、なかなか食い下がった終盤のテンションを評価して、この点数で。

No.1110 7点 盗聴- ローレンス・サンダーズ 2021/02/27 20:02
(ネタバレなし)
 1968年のニューヨーク。8月31日から翌日にかけて、「デューク」こと37歳のプロ犯罪者ジョン・アンダースンとその仲間が、73丁目にある上流階級の面々が集う高級アパートを襲った。当初のデュークは極力、流血を避けて、強盗を行うつもりだった。だが仁義を通して了解を取りにいった大手犯罪組織からの過剰な干渉もあり、事態はデュークの思惑からずれこんでいった。当局や民間探偵の盗聴、被疑者の尋問、関係者への取材などの音声や筆述の記録が事件の全貌を浮き彫りにしてゆく。

 1970年のアメリカ作品で、作者の処女長編。
 評者は大昔に購入していたNV文庫版で読了。
 あらすじの最後に記したように、小説のほぼ全編(正確には9割くらい)が、盗聴や尋問、取材などで得られた会話の音声を書き起こしたダイアローグ形式の作品。

 似たような仕様のミステリはその後の東西でいくつも出たような気もするが、当時としてはたぶんかなり新鮮なスタイルだったハズではある。
(本当に正確に、まったく前例がなかったとまでは断言できないが~手紙の交換形式なら、セイヤーズやP・マクドナルドとかあったし。)

 ただしNV文庫巻末の解説によると、本作はこのダイアローグ形式の仕様うんぬんより、前年のクライトンの話題作『アンドロメダ病原体』を想起させる、生々しいドキュメトタッチのフィクションとして反響を呼んだという主旨のことが指摘されている。評者はまだ『アンドロメダ病原体』を未読なのでなんともいえない面もあるが、まあ真っ当な観測なのであろう。
 少なくとも本作は、こういう音声記録という客観的な叙述形式ななので、当然ながら地の文には主観的な感情などは入りにくく、全体的に抑制されたドキュメント風の一冊に仕上がってはいる。

 実を言うと、金持ちが集うアパートを強襲して金品を奪おうという犯罪そのものは、地味でまあ小規模なものなのだが、とにかくその実行に至る過程を前述の会話記録形式でとにかくしつこくしつこく、そして薄皮を剥ぐようにじわじわ語ることでテンションとサスペンスを高めていく。
 このジワジワ見せる手法もまた、やはりその後に無数の類作が登場したため、21世紀のいま読むとさほど目新しさはない。それでも作者が気迫を込めた処女作ゆえに、かなりの歯ごたえがある。

 翻訳の元版であるハヤカワノヴェルズ版では、おなじみの<途中から本文に封をした返金保障仕様(こんなオモシロイ作品を途中でやめられますか?)>だったようで、当時の早川もそれだけこの作品に自信があったということになる。

 なお本作は、のちの『魔性の殺人』以下の「大罪シリーズ」の主人公(ヒーロー捜査官)となるエドワード・X・ディレイニー署長(NY警察署のトップ)のデビュー作でもある、本作の実質的な主人公はデュークなので、今回はそれなりに重要度の高いサブキャラポジションだが、のちのちの濃いキャラクター描写は早くも感じられる。
「大罪シリーズ」は、そちらから読んでも別に構わないと思うが、きちんと本作から順を追って楽しむのも、また一興ではあろう。

 本作の評点は、8点に近いこの点数ということで。

No.1109 8点 殺人計画- マニング・コールス 2021/02/26 07:37
(ネタバレなし・ただし同じ作者の作品『昨日への乾杯』を先に読むことは推奨)

 1918年1月。第一次世界大戦の後期、ドイツの海岸で一人の若い戦傷軍人が保護される。記憶を失っていた青年軍人「クラウス・レーマン」は、なりゆきから軍人の名門ラーデマイヤー家のオールドミス、フロイライン・ルートマイヤの後見を受けて、彼女の実の息子のように戦後を生きることとなった。やがて当人の才覚もあって戦後のドイツで出世を続けるレーマンは警視庁副総監の地位にまでたどり着くが、そんな彼は1933年2月のドイツ国会議事堂放火事件の焔を前に、失われていた15年前の記憶が甦る。実は自分が、大戦時に英国情報部から送り込まれた辣腕の諜報員トミー・ハンブルトンだと知ったレーマンは、そのままドイツ警察の総監にまで登り詰め、ナチスドイツの内側で暗躍するが。

 1940年の英国作品。
 大昔にジャケットカバーもない新潮文庫の裸本の古書を100円で入手。何十年も積読にして、さらに巻末の解説などにも目を通していなかったので、なんとなくこのタイトルから、英国のどっかのカントリーハウスでの殺人プランが進行する渋い謎解き捜査ものかとか思っていた。

 そうしたら実際は堂々たるスパイ小説で、しかも二つの大戦の両端を繋ぐナチスドイツ内の大物工作員もの。さらに主人公トミー・ハンブルトンが登場する連作の第一弾だという。いろんな意味でビックリ。
(※追記の注……新潮文庫の巻末の書誌には一作目のように情報が記載されているが、本サイトの参加者、おっさん様からのご指摘で、実は本作『殺人計画』はシリーズ2作目だそうである。)

 しかしいちばん驚いたのは、予想以上の面白さで、深夜に読み始めて徹夜でイッキ読みしてしまった。
 向こうの国で実際にナチスドイツが台頭し、ユダヤ人が迫害の災禍にあっているリアルタイムの現実をにらみつつ、実名のナチス要人(特にゲッペルス)を相手に主人公に丁々発止の活躍をさせ、そのなかにはかなりきわどいダーティプレイまがいの行為も含まれる(まあ、潜入スパイが大方は当人なりの義憤と復讐心でやることだから、読んでいてそんなにストレスも感じないが)。

 ちなみに迫害を受けるユダヤ人を別にしても、ほかのドイツ国民全員が悪だとはあえて描かれず、フロイライン・ルートマイヤやその友人たち、さらに反体制組織の「ドイツ自由連盟」の面々はマトモな扱い。悪役はナチス、なかでも軍規をごまかしてユダヤ人から非道に搾取している連中などに、ほぼ限定されている。ハモンド・イネスの『海底のUボート基地』なんかもそうだったけれど、英国のスパイ小説、冒険小説は、第二次大戦リアルタイムのなかにあって、意外に冷静だ(ホロコーストの災禍がまだ欧米側に密に知られてなかったからかもしれないが)。

 ナチス上層部を欺きながら英国側に情報を流すかたわら、ドイツ内のナチスそのものすら裏切る外道(こっそりユダヤ人から財産を没収しながら、国外に逃がすような連中)を処罰し、さらに不審を抱いて探りを入れてくるゲッペルス陣営と渡り合うレーマン(ハンブルトン)の挙動は一種のピカレスク的な緊張感と快感に満ち満ちている。
 そうか、この作品はこういう内容だったのか、と驚きと感銘であった。
(ヴォネガットの『母なる夜』のダイナミズムを、純粋にエンターテインメントへと裏漉ししたような、そんな印象すらある。)

 ちなみにコールスはあと2冊翻訳が出ており、そのうちの片方『ある大使の死』は、ミステリファンの感想サイトなどで大雑把な内容がわかるが、もう一冊の『昨日への乾杯』の中身が気になっている。
 というのは今回読んだ本作『殺人計画』の原題は奥付を見るとズバリ「Drink to Yesterday」だから、直訳すると『昨日への乾杯』まんまだよね? つまり『殺人計画』と『昨日への乾杯』って別の邦題の同一作品なの? 同じ版元で訳者は違うんだから、ふつうなら別の作品だろうとは思うのだけれど。もし両方すでに読んでいる人がいるのなら、教えてください。TwitterをふくめてWebを見回しても、実際のところはいまひとつよくわからないので。

【2021年2月26日14時の追記】
※……本日の本サイトでの掲示板でのおっさん様のご指摘で、実は本書『殺人計画』の奥付の原題表記は誤記であり、『昨日への乾杯』の方が原題をそのまま邦題にしたハンブルドン登場の別作品だとご教示いただいた。しかも『昨日への乾杯』の方が第一作で、本作『殺人計画』はその続編という。もろもろの情報をくわしく、すばやく教えてくださったおっさん様に深く感謝申し上げます。

【2021年3月3日・若干、改訂しました】

No.1108 6点 十年目の対決- ヒラリー・ウォー 2021/02/26 01:46
(ネタバレなし)
「私」こと、元警官で30歳の私立探偵サイモン・ケイは、ずっと年下の幼馴染で今は美人の女子大生ドリア・レイフから相談を受ける。ドリアの実家は少年時代のサイモンも通った漫画本も売っている駄菓子屋で、今もドリアの気のいい両親が店を続けていたが、最近になって地回りの「用心棒代」が急に跳ね上がった。困窮する両親を救うため、ひそかに体を売ることまで考えているというドリア。サイモンは昔馴染みとしてドリアの実家に赴き、集金人のチンピラ、リーチー・ズロを痛めつけて、黒幕の情報を吐き出させるが。

 1982年のアメリカ作品。私立探偵サイモン・ケイシリーズの2作目(邦訳順では4冊目で、これで翻訳は打ち止め)。
 評者もウォー作品はそれなりに読んでいるつもりだが、サイモン・ケイものはこれが初読。もともと本流の警察小説路線とはだいぶ毛色の違うB級ハードボイルドだとは聞き及んでいたが、バイオレンス描写を臆さない敷居の低さは、予想以上であった。
 スピレイン(マイク・ハマー)ならまだ、叙述の随所に格調の高さを匂わせるある種の可愛げがあるが、こちらはそういう種類の衒いも希薄。
 マクベインがカート・キャノンものを上梓するような執筆シフトでウォーが書いたのが、このシリーズということかしらね。

 推理要素は少ない内容で(最後に一応の意外な犯人は設定されているが)、とにかく主人公のサイモンは大藪春彦のヒーローなみに、いったん必要となった荒事に関しては容赦も禁忌もない。

 美人で女房役の秘書アイリーン(ちょっと好み)が事務所のサイモンの机の上に<短期の貸家契約書>を見つけ、アイリーンが読者といっしょに「これなんで借りたの?」と不審がると、実はそれは下司なチンピラのリーチーを監禁&拷問して情報を得るために調達した空間だったりする(笑・汗・怖)。
 うーん、バウチャーが長生きしてこれを読んでいたら、きっと呆れるか、怒りまくったであろうな(笑)。
  
 ただしまあ、ネオハードボイルド時代にあえて書いた50~60年代通俗ハードボイルドの復権(なんやそれ)という感覚は、これはこれで楽しいところもあって。
 特に、成り行きで悪党の巣から救い出したワルの情婦がいくところがなくなった末にサイモンのもとにずっと居つきそうになったので、今度は、困ったサイモンがなんとか(一応は紳士的に)厄介払いしようとするあたり、私立探偵小説にありがちなパターンをひとつひねった感じでオモシロイ。

 とりあえず一冊読んで、ちょっとはシリーズの面白さの勘所もわかったような気もする(?)ので、そのうち、翻訳されている残りの3冊も、機会があったら手にとってみよう。

No.1107 7点 美しい星- 三島由紀夫 2021/02/25 05:04
(ネタバレなし)
 1960年代の初頭。全世界に核戦争危機の影がよぎるなか、飯能市の金持一家・大杉家の家族4人が、自分はそれぞれ太陽系の別の天体を出自とする宇宙人の転生だという意識に目覚める。52歳の家長・重一郎は火星人、妻の伊余子は木星人、長男の一雄は水星人、長女の暁子は金星人だった。4人はそれぞれの立場を守りながらも連携し、空飛ぶ円盤や宇宙人を信じるものに呼びかけ、そして世界平和のために活動する団体「宇宙友朋会」を結成。協賛者を募った。だが仙台では、白鳥座を出自とする別の宇宙人グループが覚醒。彼らは彼らなりの理念から、地球人類は核戦争で滅亡すべしとの信条を抱いた。

 雑誌「新潮」の1962年1~11月号にかけて連載され、翌年に書籍化された作品。
 評者は中高生の少年時代に、書籍元版刊行時=1963年頃の日本語版「ヒッチコックマガジン」を古書店で入手。そのなかのある号の国産ミステリ月評で本作が大絶賛されているのが目に留まり(そこではあくまで国産SFの注目作という視座で語られていた)、その高評の勢いを受けて、自分もその時点での新潮文庫版を購入した。

 とはいえ実際に手にした実作は、当時のコドモがそのまま賞味するには高尚すぎる? 歯ごたえだったのであろう。冒頭の十ページ(重一郎が自然の植物の生態の整合のなかに、宇宙の縮図を感じるあたり)で投げ出して、そのままマトモに読むのは何十年の歳月を経た今回になってしまった(昨日から2日かけて通読)。いや、そのうち読もう読もうと思い、興味がぶり返す機会は、何度もあったのだが。

 もちろん太陽系の各惑星人の転生という設定からして、まともな科学SFというよりはおとぎ話に近い面もあるし、そもそも物語は最後まで、もしかしたらこれは自分たちが宇宙人だと思い込んでいる痛い悲しい人たちがたまたま寄り集まった一家の不条理小説では? と読み手に疑念を抱かせ続ける作品でもある(ただし随所の場面で、作中での空飛ぶ円盤の飛来事実は、きわめて客観的に叙述される)。

 なんにしろ第三次世界大戦=核戦争の脅威がなまなましく現実的な時代の小説、という側面は大前提の一編である。そういう意味では黒澤明の映画『生きものの記録』(1955年)みたいな、21世紀の今の目で見れば「当時は大変だったんだなあ、今だって油断はできないよなあ」と思いながらも、どっか呆れて失笑してしまうブラックユーモア的なニュアンスもなくもない(いや、それはけしからん受け取り方だとは重々承知しておりますが~汗~)。

 中盤の山場となるのは、長女の暁子がもうひとりの「金星人」竹宮と出会うくだり、さらにはその顛末。そして本当のクライマックスは、後半の仙台の白鳥座グループと重一郎との論戦。特に後者は、当時、日本小説史上でも類をみないディスカッション作品として反響を得たというが、さもありなん。
 少し後の世代の平井和正とかの<人類ダメ小説>の系譜なんかにも、相応の影響を与えたんじゃないか、とも勝手に推察する。

 惜しいというか、普通の小説の読み方ですわりが悪いな、と思ったのは、長男の一雄を介して仙台グループを重一郎に会わせるきっかけになった前半からの重要キャラっぽい若手政治家・黒木克己が最後の方でまったく忘れられてしまっている? こと。作者的にはもう用済みだったのかもしればいけれど、(中略)とかわざわざ描写した叙述の布石はちょっと違和感が残るよね。
(なお数年前の本作の新作映画版はまだ観てないけれど、そちらでは映画化に際して黒木の存在がかなり拡大されているようで、そういう潤色をしたくなった気分は、なんとなく&とてもよくわかる。)

 クライマックスの論戦のあと、重一郎を見舞う(中略)はかなり(中略)だが、読者を揺さぶる小説の作りとしてはまっとうだとも思う。それだからこそ、このエピローグの輝きが生きるとも思えるし。

 今の時代に改めて(初めて)読んでも意味がある作品だとは思うものの、やはりこれは1950年代~1960年代前半という時代の空気のなかにあった小説だとも感じはした。リアルタイムで読んで、心の財産のひとつにできた先人たちが、ちょっとだけ羨ましくもある。

No.1106 6点 ベアトリスの死- マーテン・カンバランド 2021/02/23 06:31
(ネタバレなし)
 その年の11月のある朝。パリの一角で、30歳前後の裁縫職人の女性ベアトリス・レイモンの惨殺死体が発見される。パリ警視庁のサチュルナン・ダックス警視とその部下たちが捜査を開始し、被害者ベアトリスは、2年前にたまたま知り合った孤独な老人ロベール・カルヴェと男女の関係は抜きに、ルームシェアをしていたことが判明する。カルヴェは娘のように思っていた被害者の悲劇をサチュルナンたちの前で悼むが、なぜかその後ですぐ姿を消した。さらにサチュルナンのもとに中年の私立探偵ジュール・デシャンから連絡があり、ある人物の依頼でベアトリス殺害事件を調べていた若い相棒クロード・トムスンから連絡が途絶えた、と訴える。

 1956年の英国作品。パリ警視庁のサチュルナン・ダックス警視シリーズの長編22作目。

 英国作家ながら作者マーテン・カンバランドは、フランスを舞台にパリ警視庁の警視サチュルナンを主人公にした多数の連作シリーズで、欧米での支持を獲得。一時期はかなり人気があったようだが、日本への翻訳長編は本作をふくめてわずか2冊(もう一冊は、旧クライムクラブから刊行の『パリを見て死ね』)。

 21世紀の現在では、ほぼ完全に本邦のミステリファンから忘れられた作家だが、実はあの伝説的なミステリエッセイ集で、近年もまた復刊された名著「深夜の散歩」にも登場。福永武彦がクリスティーやブランド、ガーヴ、マリックやチャンドラーなどの錚々たる巨匠・人気作家たちの新作(当時の翻訳された新刊)に続けて、同格の作家として、このカンバランドの邦訳2冊を語っている。
 もちろん当時のリアルタイムで福永の目についたのであろう作家、というアドバンテージはあるのだが、それ相応の作家の格を実感させる事実ではある。
(逆に言えば「深夜の散歩」中で、もっともマイナーな作家・作品だろう。先年の復刊で初めて「深夜の散歩」を手にした若い世代のミステリファンの大半は、……カンバランド……誰だこの作家? 状態だったのではないか。)
 ちなみに評者も今回初めて、以前から読もう読もうと思っていた本作でようやくこの作者の著作に触れた。

 パリ警視庁の要職刑事が主役探偵という大設定ゆえ、くだんの福永武彦も、また本書の巻末の解説を著した植草甚一もそろってメグレとの比較を話題の大きなひとつにしているが、似てる部分は皆無ではないにせよ、雰囲気はだいぶ違う。メグレの渋い、そして読みながら精神的な信頼と共感を預けたくなるようなキャラとはやや趣が異なり、美食家で大食家の巨漢、さらに以前はピアニスト志望だったが大戦を機に断念してパリ警視庁に入庁した経緯を語るサチュルナンはもう少し陽性にカリカチュアライズされた、作られたフィクションキャラクターの印象がある。人物像はこれ一冊ではなんともいえない面もあるが、少なくとも嫌悪感を抱く描写などは特にない。
 むしろ本作での探偵側のキャラクター描写としては、サチュルナンの副官で副主人公的な若手刑事フェリックス・ノルマン警部補の方が、いい味を出していた。フェリックスは捜査の流れで被害者ベアトリスの妹アルレットに接触、公務をわきまえながらも次第に互いに好感を抱きあっていき、このサイドストーリーも本作の持ち味のひとつとなっている。詳述は避けるが、人間臭いそして(中略)なフェリックスの描写が印象に残る。

 捜査ミステリとしては、ベアトリス殺害事件がはらむフーダニット要素は最後まで貫徹。しかし少しずつ事件の重心は推移し、終盤ではなかなか意外な悪事の真相が露見する。本作はこの作りがミソ。
(もちろんここではあまり詳しく書けないので、興味と機会があったら一読願いたい。)
 個人的には、ああやっぱり、フランスを舞台にしても、戦後に書かれた新世代の英国パスラー(またはパズラー要素の強い警察小説)の系譜だ、という感じであった。

 ただし被害者ベアトリス本人の周辺をもう少し捜査すべきでは? とか(たとえば彼女の仕事関係の人々への事情調査の描写などなかったような?)、最後の(中略)ダニットの投げっぱなしぶりはソレでいいの? とか、妙に整合されていない、悪く言えば雑な感じも見受けられた。なかなか面白かった反面、弱点もある、という作品か。

 翻訳は、ヘミングウェイ作品を多数手掛けている高村勝治が担当。ミステリの翻訳はそんなに多くない人だと思うけれど、全体的に品格がありながらテンポがよく読みやすくかった。

No.1105 6点 夜の追跡者- 結城昌治 2021/02/22 06:05
(ネタバレなし)
 ベトナム戦争の行方や沖縄返還問題が人々の毎日の口頭に上る1960年代の後半。法廷で持ち前の正義感が暴走した青年弁護士、五郎高根は一時的に弁護士の免許停止処分を受けていた。そんななか、男女の関係にあるバーのマダム、利奈子が、彼女の知人である別の店のホステス、マヤ子を紹介する。マヤ子は五郎に相談事があり、それはたまったツケの回収を凄腕の取り立て屋「内気なジョー」に依頼したものの、ジョーは取り立てた金をこちらに渡さず口実をもうけて独り占めしてるので、何とかしてほしいというものだった。五郎はジョーこと本名・西野のもとに赴き、適正な金額のマヤ子への支払いを約束させる。だがこれが五郎を、彼の思いも寄らない連続殺人事件にひきずりこんでいく。

 角川文庫版で読了。同書巻末の清水信なる人の解説によると「サンケイ・スポーツ」の1967年12月から翌年3月にまで連載された、新聞小説だったらしい。
 苗字とファーストネームが逆転したような名前で、ジンが好きな半ばアル中、しかし金のためよりは、おのれの心の充足と倫理感を優先して仕事をする主人公・五郎はなかなか魅力的な和製ハードボイルド主人公になっている。

 文体は全体的にハイテンポ。幅広い読者を対象にした新聞小説だけあって会話と改行は多いが、五郎本人の内面(局面ごとに何を思うか、とか、心がけているモットーとか)はさほど直接描写はされず、口に出た物言いや行動の叙述などから読者が彼の心情を読み取るのが基本。この辺はきちんとハードボイルドっぽい。
 
 ミステリとしてのストーリーは、軽くて描写も浅めなようだが、その実、虚偽の証言や不透明な観測などに遮られながらかなり錯綜。ある意味では、中期以降のロスマクみたいな趣もある。

 前述の角川文庫版の清水解説では、全体的に男性キャラが弱い反面、個々の女性が書き込まれた作品、という主旨の賞賛をしている。個人的には言いたいことはわかるが、そこまで単純に二元化できないな、という感じ。
 主人公・五郎のキャラクターの厚みを語る上で意味がある利奈子や、もうひとりふたりのメインヒロインはそれなりに印象的なものの、あとの女性たちは存外に記号的な女性キャラで作中のポジションだと思えた。
(反面、小心もので、堅気になりたいと願う巨漢ヤクザ「殺し屋ハリー」なんか、単発の男性キャラとして、いい味を出している。)

 終盤の展開はパワフルなものの、実は(中略)だった……の真相露呈や、中盤からの(中略)トリック、そして出すのが遅すぎる印象の伏線や手がかり……などなど、まとめかたはちょっとしくじった感じもないでもない。

 ただまあ、二流弁護士を主役に和製ハードボイルドを語り、その枠のなかで事件や物語にミステリとしての興味やギミックを仕込んだ点ではそれなりに込み入った、妙に歯ごたえのある作品ではある。
(楽しめたか? と言われると、諸手を挙げて万歳、肯定というわけには、いかないのだけれど。)

No.1104 10点 フォン・ライアン特急- デビット・ウェストハイマー 2021/02/21 17:11
(ネタバレなし)
 1943年半ば、世界大戦のさなか。36歳のアメリカ空軍大佐ジョセフ(ジョー)・ライアンは南イタリアの戦線で爆撃機に搭乗していたが、敵の砲撃を受けて敵陣内に不時着し、イタリア軍の第202捕虜収容所の一員となる。同収容所の1000人近い米英軍人の捕虜のなかで最高の階級のライアンは、そのまま自ら捕虜の代表責任者に就任。それまでのリーダー格だった英国軍人エリック・フィンチャム中佐たちの不満もよそに、捕虜たち全員に適切な軍規と規則正しい生活を指導。捕虜たちの大半から「フォン(「貴族」を表すドイツ語が転じて、頑固者、融通が効かない男)・ライアン」と呼ばれるようになる。やがて43年9月にイタリアが降伏。1000人近い捕虜たちは解放を確信するが、彼らを待っていたのは、イタリアを制圧したナチスドイツによる過酷な収容所行きの軍用列車だった。「フォン」ライアンとフィンチャムたちは、ドイツ軍管轄下の列車を乗っ取り、連合国側または中立国への脱出を図る。

 1964年のアメリカ作品。
 米空軍の軍籍を持つ作者ウェストハイマーが執筆した当時の大ベストセラー、戦争冒険エクソダス小説で、作品そのものが刊行されないうちから映画化権が20世紀フォックスに売れて、フランク・シナトラの主演(ライアン役)で映画化された。
 評者は青年時代にTV放映で同映画を観賞。めっぽう面白かったとは記憶しているが、その時点で原作は終盤の展開が大きく異なるとすでに知っており、いつか読みたいと思って映画スチールのジャケットカバー付きのポケミスを大昔から入手していた。そして実際に読むのは、くだんの映画を観てから数十年後の現在になってしまった。

 し・か・し……なにこれ! いまさら大昔に観た映画との比較なんか素直にはできないが、少なくともこの原作小説は最強・最高に面白い!!

 小説の前半は202に収容されたライアンによる同所の掌握(もちろん健常な、規律的な意味での)に費やされ、自分をふくむ読者の大半が期待する軍用列車の乗っ取りと脱出行に突入するまでにはかなりの紙幅が費やされるが、しかしこの部分がすこぶる読ませる。
 スーダラな生活を送りたい収容所の捕虜たちの大半と軋轢を重ねながらライアンが所内の改革を継続し、同時に良くも悪くもゆるかった収容所監督のイタリア軍ともわたりあう。ときにスリリングにときにユーモラスにひとつひとつの事案の推移を語りながら、一方で後半の布石となる群像劇としてライアンをはじめとする多数のキャラクターの肖像を描き出していく筆の巧妙さ。

 この前半だけでも十分に戦争シチュエーション小説として読み応えがあったが、さらにその前半を基盤にしながら、二転三転どころか九転十転くらいの大中の山場を設けて展開される本作の本領たる後半の一大脱出劇。捕虜側内部の密な連携と相応の齟齬を軸にしながら、戦時中の敵の領土内のダイアグラムを探索、操作するサスペンス、想定内のものも予期しないものもこもごも踏まえて、自由と生を求めるライアンたちの障害となる数々の要因……。そして怒濤のクロージングへと。
 はい、まちがいなく、これは大傑作。

 二十世紀に書かれた第二次大戦ものの戦争冒険小説のトップ3は
①フォン・ライアン特急
②アラスカ戦線
③女王陛下のユリシーズ号
もう、これでいいよね、と、問答無用で断言してしまおう(笑)。
(次点はヒギンズ=グレアムの『勇者たちの島』あたりか。)

 なお本作は80年代に、ライアン主役の続編が書かれているはずで、その情報を大昔にミステリマガジンの海外ニュース記事で読んだ覚えがある。なんかの弾みで、今からでも翻訳出ないかな~(かなり望み薄だとは思うが)。
 まあ戦争冒険小説版『黒衣夫人』(しばらく再読してないが)とか『ウルフ連続殺人』みたいになってる可能性もなきにしもあらずではあるけれど、それでも本当になおも健在なファン・ライアンの勇姿を今一度、この目で確かめたいぞ。

No.1103 6点 暗い道の終り- ドロシー・S・デイヴィス 2021/02/20 07:07
(ネタバレなし)
 1960年代半ば。マンハッタンの一角にある町の教会。教区に赴任して11年目の四十がらみの助任神父ジョゼフ・マクマハンは、知人の少年カーロスから、近所に重傷の男がいると知らされた。マクマハンが急行すると、刺された男性は最後にわずかな会話をマクマハンと交わし、しかし自分を刺した者の情報は何も告げずに絶命した。まもなくマクマハンは、殺された男が「ガスト(ガス)・マラー」と呼ばれ、この一年半ほど近所の会堂の門番として働いていたことを知る。マラーは短期の在住ながら土地の一部の人々と密な親交があり、さらに男女の関係になっている人妻さえいた。マクマハンは偶然の縁故を契機に、生前のマラーと周囲の人々について探索を始めるが。

 1969年のアメリカ作品。
 作者のもう一冊の邦訳『優しき殺人者』は少年時代に買った覚えがあるが、未読のまま家のなかで見つからない。従ってこの作者の作品で読むのは、1~2年前にWEBで安い古書を購入した本書が、最初になる。なお本書の邦訳の作者名は「ドロシイ・S・デイヴィス」標記。

 作者デイヴィスに関しては、本サイトの『優しき殺人者』のレビューでminiさんが語ってられるとおりだが、本作『暗い道の終り』はその10作目の長編。たぶんおそらくノンシリーズ作品だと思う(マクマハン主役の作品がこのあと皆無だとは断言できないので、一応、そういう言い方をしておく)。

 それで本作の主人公マクマハン神父は、いわゆる広義の探偵役ポジションだが、物語のなかではことさらマラーを刺殺した犯人を探そうという原動などはうかがえない。もちろん警察の方も独自に捜査を進めており、マクマハンに関しては社会的に信頼できる聖職者が邪魔にならない程度に動くかぎりはほうっておく、くらいの感覚である(ただし、青年刑事のフィンリー・ブローガンとマクマハンが妙な感じに意気投合する描写はある)。

 つまりマクマハンの調査や探求はきわめてナチュラルに故人の周辺を覗き込む感じで、町の人々の方も、聖職者が亡くなった者のために一種の供養をしてくれているという風に受け取っているのか、この調査にきわめて穏やかに付き合う。
 言ってしまえば、そういった渋い地味な叙述が語られ連ねていくだけの小説なのだが、これが妙に先を読みたくなるノリと味わいがあって悪くない。おおざっぱにわかりやすく(?)言うのなら、アメリカの都市感覚にアレンジされたシムノンのノンシリーズものか、グレアム・グリーンみたいだ。

 被害者マラーとの関係性から始めて、数人のメインキャラが作中に登場。マクマハンの視線と関心は死んだマラーのみならず、いまも生きているそんな彼らにも向けられてゆき、おのおのの内面とも触れ合う。そしてそんな叙述の集積の果てに、マラーの死についての<意外な真相>が語られる。
 かなり普通小説に近い造りではあるが、同時にこれなら十二分に広義のミステリともいえる作品。ある種の文芸ミステリという感じで、その意味で味わい深い。
 本国アメリカではかなり評価されたらしく、刊行年のMWA長編賞候補にもなったが、最後は惜しくもフランシスの『罰金』と争って受賞を逸したという。
(そういう評価が日本にも聞こえてきたから、『優しき殺人者』以来、この作者の著作が久々に翻訳されたのであろう。)

 翻訳ミステリジャンルの裾野の広さが許せるタイプのファンなら、たぶん楽しめるかもしれない作品、だとは思うが。

No.1102 6点 ケイリン探偵ゆらち 女流漫画家殺人事件- 高千穂遙 2021/02/20 01:57
(ネタバレなし)
 人気アイドルグループ「ODAIBA60」の常連センターだった「ゆらち」こと大星由良は、新たな世界に挑戦しようと、芸能界を卒業。ガールズケイリン選手となった。まだ明確な成果を出せないまま精進を重ねる由良だが、そんな時、叔父で彼女の師匠であるベテラン競輪選手・捲(まくり)五郎が、殺人事件の重要参考人となる。五郎は大人気の女流漫画家、立科姫子が構想中の新作青春競輪漫画に際して、彼女の取材に協力していたが、その姫子が何者かに殺害されたのだ。ミステリ好きの由良は五郎の潔白を明かすため、自分の大ファンである警視庁警部・南大寺定信の協力を仰いで、事件の捜査に関わるが。

 消費税108円時代の末期に、ブックオフの100円コーナーで発見して購入。その時点まで作品の存在も知らなかったので、へえ、あの高千穂遥がこんなものを書いていたの、という気分であった。

 作者のサイクリング分野への傾倒ぶりぐらいは評者でも前から知っていたので、その素養を活かしたキャラクターミステリだろうというのは一目瞭然。
 しかしその辺りは大枠程度というか必要十分程度には抑えながら、むしろ作品の本題は、21世紀の出版不況と、漫画界の裏側。
 そっちの方に関しても、さすが、何十年にわたって漫画やアニメなどのジャンルとも密接に関わりあいながら飯を食ってきたベテラン小説家だけあって、細部のリアリティはかなり生々しい。

 ただしミステリとしては、とにもかくにもフーダニットの謎解きの形をとりながら、終盤近くで明かされる(中略)や、かなり遅めに出てくる(中略)など、ちょっとキビシイところもなくもない。いや、ひねりをきかせようとしている工夫のほどは、感じられるんだけれどね。

 ヒロインのゆらちは、元アイドルの女子競輪選手、アマチュア名探偵という設定が、まだまだ十二分に生かされていないような印象(大人気アイドルだったというある種の特権を活かして関係者の口をかたっぱしから開かせまくる図は面白いような、さほどそうでもないような……)。
 よくいえばキャラクターミステリの主人公として、もっとのびしろがあると思うので、しばらく間が空いてはいるけれど、シリーズ第二弾も書けるなら書いてほしい。
(できましたら『ダーティペア91(くのいち)』のマトモな小説版も、いっしょに執筆&刊行をお願いします。) 
 評点は0.5点オマケ。

No.1101 7点 オー!- ジョゼ・ジョバンニ 2021/02/19 05:58
(ネタバレなし)
 1960年前後のパリ。長らく裏の世界に首を突っ込んでいる30代半ばの元レーサー、フランソワ・オラン。今の彼は、同じファーストネームのギャングの顔役、フランソワ・カンテの運転手を務めていた。そのカンテからは名前を区別するため、苗字を縮めた仇名「オー!」(日本語で、まともに本名を呼ばず「おい」という感覚)で呼ばれ、カンテの腹心の殺し屋コンビ、シュバルツ兄弟からも軽く扱われるオラン。だがある日、親玉カンテが事故死する。そしてケチな盗みで逮捕されたオランの境遇は、それを契機に、思いも寄らない方向へと大きく変わり始める……。

 1964年のフランス作品。現状でAmazonに登録はないが、ポケミスの1070番で、初版は1969年3月31日の刊行。

 自分が先に読んだ『暗黒街のふたり』は純粋なジョバンニの著作とは言い難いので、これが評者がマトモに読む初めてのジョゼ・ジョバンニ作品ということになる。

 本編の読了後にポケミス巻末の訳者・岡村孝一の解説に触れると、コルシカ野郎が登場しない、義理と人情といった主題などが表面に出てこない、などという点で通常のジョバンニ作品の主流からはやや外れたものという意の言及があるが、少なくとも自分が読む限り、コルシカ男はともかく、義理と人情云々の方は不足ということはない。
 むしろ随所ににじみ出るその種のメンタリティが、この青春小説っぽい(主人公は青年と中年の中間ぐらいの年齢だが)クライムノワールを魅力的に感じさせた、大きな要因のひとつになっている。

 ストーリーは、米国の古典クライムノワール、W・R・バーネットの『リトル・シーザー』ほか多くの秀作・名作が存在する<暗黒街での成り上がり譚>だが、本作の場合は、もともとは野心も実力も中途半端だった主人公オランが、当人の主体的な能動というよりは、むしろ妙な好機の巡り合わせと状況の勢いのなかで、おのれのスタンスを高めていく。
(ここらは、作者当人が実際に暗黒街に身を置いていた経歴だからこそ、書けたリアリティや臨場感といった部分も多いだろう。)
 
 それでも中盤の山場となる(中略)のくだりで、オランは暗黒街での高評価を獲得。ソコはたしかに当人の才覚の賜物ではあるのだが、しかしそれも「ホントにこんなことありうるのかよ?」というコミカルな味わいが叙述のなかに読み取れて、どっか「なんちゃって」な感じが強い。
 つまり結局は、長い長いビギナーズラックのまま勝ち進んでいく、そんな緊張感と不安定さがたえずオランにつきまとう感じで、彼自身の行方も、さらには彼の周囲で芽生えたり変遷したりする人間関係の綾も、みんなそうしたはかなさときわどさの上に築かれていく。そんな物語の流れだからこそ、この作品はときに切なく、ときに妙にコミカルで、そしてときに読者を泣かせる。
 
 なお評者はベルモント主演の映画は数年前にDVDで観て、けっこう楽しんだが、この原作小説は後半の展開が大きく異なる。映画も決して悪くはなかったが、深いところまで踏み込んだいくつかの文芸ポイントゆえに、こちらの情感を揺さぶったのは、ずっとこの原作の方が強かった。
(後半、ややこしい状況のなかのオランが、サーキットレース場という場で、あくまでほんの刹那、生き生きと描かれるあたり、作者の筆が熱い。)

 さて、実質的に初めてのジョバンニ作品がコレだったというのは、長い目で見るとよかったのかな、それとも? その辺を確認するためにもまた近々、買ってある作者の作品をもうちょっと、手にしてみよう。 

No.1100 5点 レッド・サタン殺人事件- 永守琢也 2021/02/18 06:13
(ネタバレなし)
 交通事故で両親と死別した少年・月山翔とその妹みどりは、九州の祖父に引き取られた。現在は東京の大学で剣道選手として励む翔。そんな彼には、アマチュア名探偵というもうひとつの顔があり、すでに現実の事件を解決に導いた実績があった。その翔に、同じ大学のミステリー研究会の代表で学生作家でもある目黒広希が接触してきた。そしてそんな彼らの周囲で、一種の密室状況? といえる殺人事件が発生する。

 本サイトで評者が4年半前にレビューを書いた2016年の新刊『黒い騎士殺人事件』、それに先立つ月山翔シリーズ2冊分のうちの先行作(なお『黒い騎士殺人事件』の方は、作者がペンネームを変えて、永田文哉の筆名で刊行)。

 つまりこの『レッド・サタン殺人事件』(2004年)が翔のデビュー編ということになるわけだが、もし本作が作中の時系列順でもいちばん早いのなら、今回の物語以前に翔はすでにいくつかの<語られざる事件>を解決して、アマチュア名探偵として名を挙げているという設定になる。

 まあそれはとりあえずどうでもいいのだが、先に読んだ『黒い騎士~』が、あまりに破壊力のあるバカミストリックっぷりだったので、今回もそのティストを期待したが、大ネタがいちばん最初の伏線というか手がかりを与えられた時点でもうバレバレ。
 さらに自分は帯付きの状態のいい古書を購入して読んだのだが、ソコ(本の帯=腰巻)に書いてある思わせぶりな惹句も悪い方向に働いて、あまりにも早々と犯人が見え見えになってしまった。
(いや、くだんの帯には、具体的にどうのこうのと、犯人の情報を書いてあるわけじゃないんだけどね。)

 残念ながらトータルとしての謎解きミステリの求心力は、『黒い騎士~』のときの半分のインパクトもなかった。
 とはいえ実はこっちを読み終えてみると、その『黒い騎士』に対しても改めて思うことがじわじわ頭に浮かんできたりする。まあその辺は、ここでは詳しくは書けない。
 (中略)ならわかってくれるだろうか。

 ただし2つめの殺人は、それなりに細部での演出を工夫しようという意欲は感じる。しかしそうなると今度は、情報の後出しなどが気にかかってきて、アレなんだけれど。

 そんなこんなの一方で、小説としては『黒い騎士』よりも、先行するこっちの方がなんかこなれがいいような気もするよ。こちらでは警察も、まあまあ自然にストーリーにからんでくるし。

 ヘボミスなんだけど、ダメミスとは言い切りたくないところもある作品。
 しかしとにかくミエミエの中盤は、本当に退屈であった。
 後半~終盤の微妙な盛り返しだけは評価して、この評点で。

人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
好きな作家
新旧いっぱいいます
採点傾向
平均点: 6.13点   採点数: 1119件
採点の多い作家(TOP10)
生島治郎(9)
アガサ・クリスティー(8)
F・W・クロフツ(8)
笹沢左保(8)
フレドリック・ブラウン(8)
ジョルジュ・シムノン(7)
草野唯雄(7)
アンドリュウ・ガーヴ(7)
E・S・ガードナー(6)
佐野洋(6)